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海苔とドリューさん

海苔とドリューさん

 
前回は海苔が海藻である

というお話でした。

今回は海苔と人との

つながりについてお話します。

副題は

「長い付き合いのわりに、

つい最近までナゾの生き物だった」
 
海苔と日本人のつながりは

軽く1000年を超えます。

 
平安時代の記録では

岩場で育った海苔を食べていた

と記録があります(注1)

また

江戸時代になると

いけすの柵に海苔がよく育つことを知り

「そだ」と言われる

木の枝を束ねて

海に沈めることで

たくさんの海苔を

採るようになった

とあります(注2)

 
さらに

昭和初期になると

ロープを張ることで

たくさんの海苔を

集中的に育てるやり方が

一般化しました(注3)

 
 
先人たちは

はるか昔から

なんだかよくわからんが

寒くなると生えてくる海藻(海苔)を

なんとかして手間なく大量に育てたい!と

強く思っていました。

 
いまでこそ

海苔の生活史(生まれてから死ぬまでの成長過程)が

分かっていますが

ほんの少し前

昭和初期までは

そのあたりがまったくわかっていませんでした。

 
海苔の生活史の解明は

イギリスのドリューさんに依るところが大きく

このあたりのお話は

ネットでもあちこちで説明があります(注4)

 
わかってしまえば

なんということもないですが

それ以前は

なんとなく寒くなると生えてくる

よく育つところとそうでないところがある

毎年同じ場所で良く育つとは限らない

くらいの知識で

まったくもって博打のようなものでした。

 
海苔がどうやって育つか

がわかってから

海苔は産業として急激に発展を遂げました。

 
本日のまとめ

海苔ってどういう生き物か

昭和初期までわからなかったんだってさ

ドリューさんの記念碑は

熊本県有明海南岸に位置する

宇土市の住吉神社境内にあるよ。

 
以上